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旅の一片

私は授業を受けていた。ひどく簡単な内容。
日本人の責任に対する逃避について、1945年の東京裁判を通して見るというもの。
レジュメを読めば、いや、当時の空気をつかんでみれば、
教授が言わんとすることが、授業開始早々に分かるはずだ。
そんな内容の授業を、狭い教室に所狭しとひしめく学生たちが、
まっすぐに、一心に教授にまなざしを向けていた。
まるで、教授の発言の一言一句を逃すまいと、必死の形相で。

 


教授は、授業が中ごろに入ると、ヒートアップし始めた。
緊張した声色と発言に、情緒性を織り交ぜ始めたら、
彼は、ペースに乗ってきたのだ。高速道に入った瞬間。快走。
そうなると、俄然学生たちは、口を開くことも下を向くのもほどほどにして、
真剣な表情で、教壇に立つ演者の姿を凝視していく。

 


どうも、恐ろしい姿に思えた。
私はなんだか、奇妙な場に放り込まれたような恐怖と孤独感を味わったのだ。
そこで、意識だけでも離脱しようと、
今すぐに行きたい場所を思い浮かべることにした。

 


まず浮かんだのは、荒川の河川敷だ。
隣には、H先輩がいた。
春の穏やかな昼に、川べりに寝そべっている私たちがいた。
ああ、懐かしいな。もう10年以上も昔のことだ。
中学1年生になって、いちばん仲の良かった先輩が、H先輩だった。
草の緑が、その濃さを見せびらかしながら鮮やかに光っていた。
斜めに敷かれた緑の布団。
背中のあたたかさは、天日干しのあとの布団そのものだった。

私たちは、何も喋らなかった。
と、思っていたら、H先輩が眠っていた。
そうだ。私は、誰かが隣で眠ってくれることが嬉しくて仕方ないのだ。
隣で眠る人をじっと見るでもなく、妨げるでもなく、
ただその気配を感じていたいのだ。

H先輩が眠ってからの、わずかな時間の経過にも、
私は随分と長い間、ぼうっとしていたように思える。
やがてH先輩が欠伸をし、行くか、と、自転車に向かって立ち上がる。
ああ、もういいのか、と内心寂しさを感じたが、はーい、と起きあがった。

 


次に現れた景色は、田舎の電車だった。
向かいには幼馴染が座っていた。とても小さい。中学2年生の夏休み。
長い間、同じ車両に乗っている。もう3時間は乗っているだろうか。
2両編成の短い電車。車体を震わせて、ゆっくりと走る。

窓の外の田園風景は、太陽が徐々に明るさを絞りはじめたものの、
厚ぼったい雲間から、静かにまっすぐ光を射していた。
きれいやな、と幼馴染が言う。
彼のハッキリした口調は、抒情的な風景を前にしてもキビキビとしていた。
きれいだー、と私が答える。
間延びしている。私は10年前から間延びした声だ。

程なくして、窓を開けよう、と幼馴染が身を乗り出し、
2枚窓の下半分をがばっと上げた。
風がサラサラと心地よく肌にかかり、天気雨がミストのように注いでくる。

禍々しくも見える灰色の曇り空に射す太陽の光。
穏やかに冷えた風と雨。
私たちは何も言葉を交わさなかった。
大きな贅沢をした、と感じたのは、
そこで会話をせずにその風景を一緒に眺めていたからだろう。

 

やっと戻ってきたころには、
レジュメも終盤に差しかかっていた。
ああよかった。いい暇つぶしだった。暇つぶしにしてはヘビーだわ。
軽い口を心の内に叩きながらも、
しかし私の内面には、故郷に想いを馳せる人のような、
ある種の希求のような心境が生まれてしまった。

当時のその人ではなく、当時のその空気でもない。
思い返してどうにかなるものでもなかった。
一番に親しい人に会いたくなったのだ。
私のことを一番に知り、その人のことも私がよく知る、
その人の顔が浮かんできたときには、
H先輩との風景、幼馴染との風景が入り交じっていた。

しかし、どうにもなることではない。
どうにもならない感情を抱えたまま、授業を終えた。
コメントシートも書くことは何もなく、名前だけ書いて教室を出る。
空気の薄い場所から空気の薄い場所へ移動しただけの空間の中で、
少し遊んで自分を救うものがあった。

【読了】「夏の前日 1」吉田基已・作

 

 

ちょっとだけ異物感があった。
なんだろう、その異物感は、
男女の関係の描写が、少しだけ規範の中にある感覚や、
男女の力関係、奉仕し奉仕される関係のようなものが見えること、
そういうところだろうか……

 

ただ、たまらなく素敵だと思ったのは、
このふたりの(揺れや葛藤も含めた)多幸感で、
読んでいて、その喜びが伝わってくるようだった。
瞬間的に、劇薬のように、痛烈にやってくる多幸感。
あれは、何度も読み返したくなる。
喜びをしっかり喜んでいる。それがなんだか安心する。

 

その意味で、2巻手に入れようか、とっても迷う。
異物感と多幸感の主張が激しい。

【読了】「女の穴」ふみふみこ・作

 

女の穴 (RYU COMICS)

女の穴 (RYU COMICS)

 

 
表題作の「女の穴」と、「女の頭」が私にはすんなり入ってきた。
例えば、性行為に相手への情があるか否かとか、
相手の情に性行為の有無の判断が必要か否かとか、
そういった振り返りの手前に、事実として厳然とあるものは、
「相手と行為したこと」だ。
その事実は、どれだけ未来に進んだとしても拭われることはなく、
ひたすらに自分の身体を介して、相手と何かを交信したことの証になる。
その「何か」は、状況によってすべて異なるし、
例えそれが倫理観から外れているとしても、
しかし自分の身体が相手と共有されたことは、否定の余地は一切ない。
心を満たしたのか、満たされなかったのか、
その振り返りに何も見いだせなかったとしても、
行為の事実の中で、
相手と自分自身に身体を賭けて託す何かがあったことは、
すべて肯定ができるし、その肯定は欠かせないものだと感じる。


その肯定が、相手と自分を何より救うものであってほしい。
とても難しいことだけれど、ずっとそれを信じていられたら嬉しい。

 

「女の穴」の、ラストシーン。
私としては、彼女の表情に何か報われた気がしたし、
至極自然なものだとも感じた。

【読了】「少女七竈と七人の可愛そうな大人」桜庭一樹・著

 

 

 

私が、勝手ながらそばにいたいと、もっとも強く感じた人物は、七竈ではなく、雪風でもなく、みすずでもなく、優奈でもなく、ピジョップでもなかった。‬

 


‪そのどれもの固有の身体ではなく、そのどれもにある内面のそばにいたいと思ったのだ。

かれらの内面には、性の渦を知ることも理解することもできずに、ただ飲み込まれていく無力さがある。他方で、脱皮によって力強く生きんとする七竈の、性を生きる美しさがある。ただ無力な読者の私は、そのいずれの内面のそばにいたいと切望し、ページをめくり続けた。‬

 

‪七竈は、心優しい人だ。とても人間想いだ。慈愛の人だ。慈愛を向けることができるのは、自分にかかる呪縛を解いたものなのだろう。痛みを痛みとして言語化し、認識した者だけだろう。七竈は、美しい人だと感じた。‬もちろん、私の言う「美しい人」に顔の美醜は含まれない。

 

痛ましいほどの依存から脱皮した七竈は、清々しく旭川を発った。どこにでも行けることを知った。私は、呪縛が解かれた瞬間に愛を知るような、そんな感動を覚えた。その姿は美しい。しかし、寂しい。また、希求し続けるなかでの薄い優しさを向ける者も、痛ましいほどに美しい。‬

 

 

‪とても苦しい小説だった。‬
‪何度も捨てたくなった。しかし手は次のページをめくり、視線は文字を追う。私の身体が呼んでいた。性を生きる七竈の姿を追っていたのだ。‬

 

 

‪性は考えるものではなく、行動するもの、かもしれない。‬
‪性はまた、知るものではなく、未知であり続けるもの、かもしれない。‬
‪そして性は、分かるものでもなく、翻弄するもの、かもしれない。‬
‪そんな存在の「性」と、どうやって生きよう。‬

 

私は混沌としたところにやられた気分で、でも感謝の想いが溢れ出る。苦しくも手放せない小説だった。